映画「君たちはどう生きるか」

ネタバレに遭遇しないうちにさくさくみてきた。

何も事前情報無しにひたすらストーリーを受け取るのは久々の体験で、こういうのもたまには良いなと思ったのと、個人的には刺さる内容でもあった。ただ、これは今までのジブリ作品に触れてきた積み重ねがあった上での話なので、単体の作品として見たときは、宣伝しづらいだろうな、というのも理解できた。

ストーリーも音楽もひたすら自制的・内省的で、「風立ちぬ」ほど苛烈さは無かったものの、「私はこうやってきた」というのを、ぽんっと提示され、それは淋しくもあり、かつ80歳過ぎの死生観も垣間見れたような気がした。

コミカルにしようと思えばできそうな、感動的にしようと思えばできそうな要素はあったものの、あえてなのかなんなのか、さらっときてしまう。もう少しインコの世界観を描く方向性もあっただろうに導入描写がない。クライマックスでは母子の時空を超えた邂逅なのに、母は「おまえは本当にいい子だね」っとさらっと言ってしまう。盛り上がらない。予告編は作ったようだけど、素直にこのトーンを伝えてしまうと興行的に厳しいと判断したのだろう。ゆえに今回の施策に至ったのでは。

音楽はやや不満だった。久石ファンなだけに期待値が高すぎただけかもしれない。久石節は無かったように思う。あえてそうしたのだろう。正直印象に残っているメロディラインがない。そもそもBGMの割合が少なかったようにも思う。

キャストはすぐに分かった人もいれば、分からない人もいた。早くパンフレットが欲しい。

映画「君たちはどう生きるか」

ネタバレに遭遇しないうちにさくさくみてきた。

何も事前情報無しにひたすらストーリーを受け取るのは久々の体験で、こういうのもたまには良いなと思ったのと、個人的には刺さる内容でもあった。ただ、これは今までのジブリ作品に触れてきた積み重ねがあった上での話なので、単体の作品として見たときは、宣伝しづらいだろうな、というのも理解できた。

ストーリーも音楽もひたすら自制的・内省的で、「風立ちぬ」ほど苛烈さは無かったものの、「私はこうやってきた」というのを、ぽんっと提示され、それは淋しくもあり、かつ80歳過ぎの死生観も垣間見れたような気がした。

コミカルにしようと思えばできそうな、感動的にしようと思えばできそうな要素はあったものの、あえてなのかなんなのか、さらっときてしまう。もう少しインコの世界観を描く方向性もあっただろうに導入描写がない。クライマックスでは母子の時空を超えた邂逅なのに、母は「おまえは本当にいい子だね」っとさらっと言ってしまう。盛り上がらない。予告編は作ったようだけど、素直にこのトーンを伝えてしまうと興行的に厳しいと判断したのだろう。ゆえに今回の施策に至ったのでは。

音楽はやや不満だった。久石ファンなだけに期待値が高すぎただけかもしれない。久石節は無かったように思う。あえてそうしたのだろう。正直印象に残っているメロディラインがない。そもそもBGMの割合が少なかったようにも思う。

キャストはすぐに分かった人もいれば、分からない人もいた。早くパンフレットが欲しい。

映画「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」

良い意味で壮大な内輪ウケの映画だったと思う。

キャラの一挙手一投足やアイテムやステージの構造までもがゲームを想起させるものだった。細かな演出は流石イルミネーションといったところ。ストーリーは物語をなんとか推進させるものなのかなとあまり期待していなかったが、ある意味これまでのゲームに付随するショートストーリーの伏線を回収するしているようにも思えた。

マリオオデッセイやUSJニンテンドーワールドが上手いこと助走になっていて、3DCGのマリオやあの世界観をすんなり受け入れられた。

さて、ここまでくるとマリオを知らない人が見たらどうなるのか、ちょっと想像ができない。ほとんどの人がマリオを知っていて、例え内輪ウケであってもそれが広ければ全然OKだったということだろう。リア五輪の閉会式で披露した時の反響しかり(東京五輪のオープニングにも出て欲しかったが)。

続編が出そうな雰囲気はある。まだまだマリオの構成要素は出しきれていないだろう。楽しみにしたい。

本「水使いの森」

半分ジャケ買いだったのですが、3部作の「幻影の戦」「叡智の覇者」を少しずつ読み進めてようやく読了。いろいろ感想はあるものの満足度は高いものだった。

まず、感じるのはゲーム特にファイナルファンタジーの影響で、予想通り2巻目の解説で明らかになる。ネガティブな意味ではなく、FFを想起しつつも世界観の構築がしっかりしているので、このまま映画化やゲーム化があっても良いんじゃないかと思うくらい。もともとFFもいろんな神話を下敷きにしている面もあるので、結果的に万国感のあるものになっている。描写や言葉遣いからオリエンタルな感じはあるが、想像の余地はあった。

しかしながら、時々描写が非常に細かく書き込まれている部分がある。著者の一人が写真家であるがため、という解説にもあったが、それは関心する部分ではあるけども、少し戸惑う部分でもあった。というのも、いったん「こうかな?」と想像はしてみるものの、あとで補足の描写があると、少し修正が必要なことがあった。おそらく筆者達には確固たるビジュアルがありそうで、そうであるなら、ますます映画化やゲーム化を期待してしまう。そんな話はなさそうだけど。

ストーリーとしては、様々なタイプのバディ(二人組)を大小のストリートを織り交ぜながら、ざっと3軸くらいのストーリーラインを進めていき、後半はアザーサイドから伏線を回収しながら進んで行き、大団円に向かっていく感じ。図表化したら結構きれいにまとまっていそうな気がする。緻密な設計・計算をしていそうな印象もある。

あまり、こういうタイプのストーリーは読んでこなかったので、いろいろ手にとってみようかなとも思う。

RIP坂本龍一

病状を伝えるニュースを耳にする度に覚悟はしていた。そして訃報に触れ、遂にという感じだった。ご冥福をお祈りしたい。

いちファンでもあり、趣味のピアノ弾きとしても、多大なる影響を受けたのは間違いない。「戦場のメリークリスマス」は暗譜している数少ない楽曲のうちの1つだ。中学校・高校時代はほぼ毎日のように演奏していた。

初めて教授の作品に触れたのは、小学生の時で一番近い兄が千のナイフ戦場のメリークリスマスを聞かせてくれた時だったと思う。当時はカセットテープで、どこからかダビングしてもらってきたのだろう。オネアミスの翼のテーマ曲もあったと思う。

どちらかというと、ジブリからの派生でまだ久石譲の影響を強く受けていた頃だったと思う。インストや劇伴への下地があったせいか、すんなり受け入れ夢中になった。

戦場のメリークリスマスラストエンペラーはビデオでも履修し、スコアを買い、弾き漁ったり、構成が特徴的な楽曲はDTMで打ち込みじっくり味わった。

大学に入ると友人らの指南もあり、YMOから2000年初のテクノの時代流れも感じ取った。

また、同時期に教授はいろんなトライを始め、04や05のアルバムは今でもよく聞いている。彼はトップランナーであり先駆者であり、同じ時代に生きていることは幸福だと思ったし、YMOの時代をリアルタイムに体感できなかったのは残念にも思った。

一方で、ニュースなどで見聞する私生活や活動家の面では相容れないものがあった。価値観というか態度というか行動原理というか、が合わなかった。作品と人格をはっきり分けるようになったのも彼が初めてだったかもしれない。

結果的に遺作となったアルバムは実は聴いていない。なんとなく最期かもしれないという複雑な気持ちからか、ちょっと遠ざけてしまっていた。なんとなく敬遠する気持ちがまだある。もうしばらくしたら、じっくり鑑賞してみたいと思う。

中学受験を考える

昨年末頃、長男が「中学受験をしたいかも」と言い出し色々調べてみたり考えてみた。

先に結論としては受験はしないことになったが、せっかくいろいろ考え整理したのでメモ書き。

彼が志望したのは公立の中高一貫でなにやら友達が受けるからと感化されてのことだった。それはそれで動機としてはありだとは思っている。長男としてはモデルケースが周囲に無いのと、親は田舎育ちで中学受験には馴染みがない。あと家計的には私立は考えにくく、個人的には先々、大学受験で同じ競争に入るはずなので、どちらもあまり変わらないという印象だ。それに大学に進学したとしても、その先の振る舞い次第で人生はどんどん変わるから、とりわけ大学受験を最終目標にしまうのはあまり芳しくはない。とはいえ、ハードルとはいえハードルである。そして、大学受験の前に、中学受験か高校受験か、という違いになる。

大学や会社の友人・知人に中高一貫出身の人が何人かいるので、日々感想を聞いていた。

  • 仲が良い友人が受けるので受けようと思った
  • 長い付き合いになるので楽しいとは思う
  • マンモス校だと気の合う仲間が誰かしらできる
  • (第一志望に入れなかった人)挫折感を10代そこそこで味わうのは酷。でも6年間で良い仲間はできた

経験が無いので半分羨望な目線もあるものの、「気の合う仲間」「ウマが合う人たち」は中<高<大 と受験を経る度に増えていった印象があるので、確かに試験することの副次的な作用があるのだろうと思う。

気になるのは6年間である。多感な6年を同じ環境で過ごすことの負の作用がありそう、というのが一抹の不安もある。良い仲間に恵まれる確率は高いかもしれないが、そうでない場合はどうなるのか。

色々考えるところがあるが、受かってから考えれば良い話ではあるが。

塾や教材もいろいろ調べた。そもそも公立の中高一貫校の試験内容はかなり特徴的で、高校入試や大学入試には直結しなさそうだった(とはいえ、ややSFCの試験に近いものは感じた)。しかしながら、その試験対策もかなり攻略されていそうで、それなりの対策をすればそこそこ合格する確率も高まる印象だった。ただそれなりの資金と、何より彼の貴重な時間をかなり費やさないといけないのでやや気が引ける。

また、近年の流れとしては中高一貫校が高校からの編入を受け付けなくなってくるらしい。入り口が中学入試しかないと思うと、やや迷う部分もある。

そして、東京の公立の中高一貫校については、進学先の状況からみても必ずしも大学入試に有利ということもない(上から目線だけど、フラットな目線で)。やはり、本人の資質と学校の校風が合うかどうか次第ということなのだろう。そのためか、多くの学校では試験ではなく"検査"と称している。

また彼の気が変わるかもしれないし、時を見て話を振ってみてはいる。というのも、あとあとチャレンジしておけば良かったというのは避けたい。結果はどうであれ、結局のところ、進学先の頑張り次第で、選択の評価は変わるので、今はもうちょっと小学校生活を楽しめば良いと思う。

受験はそこそこ大きいライフイベントだけど、全てではない。全てではないけど、ほぼ避けられない。下手に逃げすに上手いこと乗り切って欲しい。そうすれば君の人生はより開ける。というのが今の親としての気持ちである。

映画「すずめの戸締り」

やや惰性の雰囲気もありつつ観てきました。もう一回くらい観たいけど、前の2作よりはエモさは薄れたので、やや熱は引いてしまったかもしれない。

この映画は前提条件が難しくて、東日本大震災を経験しているか、ジブリをそれなりに見ているか、星を追う子どもを観ているか、などで、感想が全然変わるだろうなと思う。

震災文学として

パンフでも語られてたけど、震災から10年以上経ち、東日本大震災を経験した人が徐々に少なくなっている。経験者にとって当時を想起させる描写が幾度となく登場するが、当時の生々しさを伝えるのにはちょうど良いのかもしれない。まだ前2作はオブラートに包まれた比喩的なものだった。生々しすぎると抵抗ある人もいるかもしれない。なので感じ方がここで変わる。これは朝ドラでも見られた現象で、震災直後の「あまちゃん」では直接的な震災の描写は避けられていたが、「おかえりモネ」では生々しさがマシマシの設定・描写だった。

ジブリのオマージュとして

色々な演出の符号として、ジブリの影響が伝わってくる。これもパンフの中で語られているか、魔女宅をあえて?だいぶ?意識したものだったと。そこで思い当たるのが「星を追う子ども」という作品。奇しくも震災直後に発表された新海さんの作品。この作品の特徴的だったのはジブリの好きなところ全部乗せみたいな作品だった。これでの新海さんの純文学的な世界からはかけ離れた作品だったので、期待値のズレを感じる部分もあるが、ジブリ以外のスタジオから当時もっともジブリらしい作品を作り出したのには驚きだった。今回はソレの踏襲だった。前2作と比べると情緒的なモノローグやPVのようなエモーショナルな演出は封印された。こういうジブリ風味の演出もできるというところを見せつけているかのようだ。「新境地だ!」という感想を持った人もいるかもしれないが、自分としては「そっちで来たか」という感じだった。決してネガティブな意味ではない。

とはいえ、新海さんのらしい要素(年上女性と少年/青年の交流)は残っていて、芹澤が良いキャラなので、彼を愛でるだけでも味わい深い作品になるかもしれない。ただ、これまでよりはエモさをくすぐる演出が少ないので刺激不足に思う人もいるかもしれない。故に、自分の中で今ひとつ盛り上がっていない。