A君

 彼が事件を起こしてからもう5年が経つ。おそらくほとんどの人が彼の事を忘れていることだろう。私もつい最近まで忘れていた。たまたま本屋であの事件に関する本を見つけた。当時のことを思い出すと同時に、率直に『今、彼はどうしているのだろう』と思った。彼は私と同い年で、もうハタチになったはず。ある週刊誌によると社会復帰の準備が着々と進められていたが、未だに、社会復帰はなされていない。  私が此処で言いたいことは、少年法がどうのこうのだとか、社会復帰が早過ぎるだとか、 社会学的な分析をする気もなくて、現代の若者の特異な性質だとか、精神的分析もする気もない。ただ私はこの事件に関してはなかなか客観性を持てないでいる。どういう事かというと、少なからずとも、当時、私はあの事件に共感し妙な快感さえ覚えたという事実が問題なのだ。快感とは言い過ぎかもしれないが、とにかく脳が麻痺して覚醒状態に陥っていた。とにかく事件に関しても自分の中で起こっていることでもショックが大きかった。  今、もし、A君と話すことが出来たなら、事件の時の心境を詳細に聞いてみたい。でも、そんな事は絶対にあってはならないことだし、むしろ自分としてはあの事件を早く風化させてしまいたい。ただでさえ彼は一生あの事件の記憶と共に生きていかなければならない。 むしろ、踏みにじらなければ、私は内省できずにA君をまるで英雄か贖罪したキリストのように崇めることになってしまうだろう。